これまでの歩み
■ 小中高時代
2つ上の兄と2つ下の弟の3人兄弟の真ん中で育ち、子供のころから両親は家庭内別居でしたが兄弟はいつも仲良く3人で近所で遊んだり、弟とは仲良くひたすらボール投げをして遊ぶことも多かったです。逆にケンカも多く頬に傷が残るほどの戦いをしていました(笑)
幼少期は、水泳を習い始め、才能はありませんでしたがほどほどのスパルタ教育を受けて何年も週4日間ひたすら泳いでいたと思います。今では、この水泳という習い事が良くも悪くもとにかく「頑張る」ということに繋がったのかな、と思っています。
勉強については、過去も現在もずば抜けていた訳ではありません。母は勉強熱心で中学受験の頃は怒りながらも勉強を見てくれていました。いつからか勉強においてもスポーツにおいてもコツコツ取り組むことで
「できないことができるようになること」
「分からないことが分かるようになること」
に喜びを感じていました。

ただ、兄と弟が超優秀だったからか、娘だったからか、分かりませんが母からは
「そんなのも知らないの・・・」と言われながら育ちました。
(この理由も後からコーチングを通して意味が理解できました。)
というわけで褒められた記憶は、中高生くらいの時に自分のお弁当を上手に詰めていたのを褒められたくらいで、自己肯定感は下の下でした。
■ 大学~社会人時代
その後、一般的にはいい大学に行き、いい会社に就職しましたが、ずっと満たされない思いがありました。
というのも自己肯定感が低いために常に
・他者比較
・自分責め
・いくら頑張っても自分を認められない
この連続でした。
「自分の人生これでいいのだろうか」
素晴らしい企業でいいお給料をいただいて、身を粉にして定年まで頑張り続けて幸せなのか。
これが自分の本当にやりたい仕事なのか。自問自答をし続けていました。
そんな思考を繰り返し、娘2人を出産して復帰後の12年目、ようやく退職を決断しました。
(この時がたまたまシングルマザースタートのタイミングでした。)
この決断は人生を変えていくための第一歩でした。
今でも後悔していませんし、「よくこの決断ができた」と当時の自分に伝えたいです。
■ 独立後
その後はシングルマザーの中、稼ぐために物販事業を2事業展開。
1人でビジネスをするマインドなんてないので、「目標設定や行動」といった基本的なビジネスマインドを学びつつ、得意のコツコツ頑張ることを継続し、独立してから4年目で最大収入を達成しました。この時は諦めそうになる自分と日々戦いながらも自分で稼ぐしかないので必死でした。
だけど、ここでお金があっても幸せではないことを実感。
模索している中、稼ぐことよりも「子供の可能性を伸ばしたい」と強く思うようになりました。
というのも、
子供の可能性を広げてあげたい、
子供の笑顔をもっとみたい、
と思うけど…しかめっ面の自分。
当時はイライラしたくないのにイライラしてばかりで自己嫌悪の日々を過ごしていました。
この状態を放っておけば子供はどんどん成長してしまう、今しかない、そんな思いでした。
■ コーチングを始めたきっかけ
子供の頃から偏差値教育の環境で育ち、「こうしなきゃいけない」「頑張って当然」という様々な固定観念の塊でした。その固定観念を子供たちに押し付ける自分がいて、押し付けてはいけない、自分の子供にかける言葉ややり方は違うと思いながらもその方法でしか対応できませんでした。子供の可能性を伸ばしてあげたいし、子供たちの幸せを願っているのにも関わらず、そんな行動しかできませんでした。
『自分が変わるしか子供の可能性を広げる道はない。』
この決断は子供のために避けられない道でした。
さらに、ずっと人が好きだったけど物販事業は1人で完結する作業。
言語化や大勢とのコミュニケーションなど、自分の苦手なこと、パワーのかかることから避けている自分にも気付き、自分自身と向き合わず敢えて1人完結のビジネスを選択していました。それが楽だから。
だけど、『1回きりの人生なので人が好きなら心から人と向き合いたい。』
この2つの思いが重なり、偶然出会えた日本プロコーチ協会にてコーチングを学び始めました。
■ 何より最優先させたセルフコーチング
コーチングを学び始めてからはひたすらセルフコーチングを実践しました。まず自分を救わないと目の前の子供たちを助けられない。自分の思い込み、固定観念、偏った価値観は山ほどあり、これでもか!というくらい出てきました。自分がこんなにも偏った人間だったのか、不幸と思い込んでいる人間だったのか・・と虚しくなったり、どこまで向き合えばいいのか終わりの見えない道のりでした。だけど、
「自分を変えたい!」
「絶対に人生を変える!」
という強い思いで信じて自分に向き合い続けました。
約1年半をかけて玉ねぎの皮を剥くように何枚も何枚も価値観の皮を剥き剥きし、最後の芯らしきものに辿り着いた時は大号泣。「これか。。」と単純だけどここまで辿り着くのにとても長かった道のりでした。
自分の中でとてもとても大きな気付きでした。
