今回は、私がどのように育ってきたのか、
改めて負の部分、内面を書いてみます。
▶ 育った環境はネガティブ感情だらけ
母には少し男尊女卑的な考えがあったので
子供のころから
「ミチなんて」
とよく言われていました。
他にもいろいろあったけど
このワードは当たり前のように自分の中にあります。
明らかに見下されていた感覚ですね。
それが普通だったのでおかしいとも思ってませんでした。
もちろん、自己肯定感なんて1ミリも育つわけありません。
▶ 母の過去
母も母で祖母にそういう環境で育てられているので
母もそうすることしかできなかったのは
今では理解しています。時代も時代でしたから。
なので、母自身も自己肯定感がとても低くて、
他人の目は気にするし、
自信がないし、
人に何かを伝えるのがとても苦手。
▶ 育った環境はネガティブ感情だらけ(続き)
私の子供の頃の話に戻すと、
その他、私の話を聞いてくれることがほとんど
ありませんでした。
全て母の言いなりでした。
そういう雰囲気だったなと思います。
母が不機嫌になったりするので
そんな空気も読んでいました。
具体的なエピソードで言うと・・・
・服は高校生でもほとんど兄のお下がり
・髪は散髪屋さんに行って刈り上げカット
・中学時代、部活やりたくて話しても一蹴されて
私は部屋の壁を👊して穴開ける
・家族旅行に行っても1人拗ねて歩いてた
・とにかくよく悔しくて泣いていた
・そんなんだったら、、とよく言われた。
・誰々のせい、、、という会話が多い
こんなのが日常でした。
▶ そんな中でもあった親子関係
そんな中でも、やっぱり母に愛されたかったんだな
という思い出があります。
中高時代は週に何回かお弁当を作ってもらっていました。
それで、私は自分のお弁当のおかずは自分で詰めたり、
卵料理だけは自分で作ったり、
そんなことが好きで自ら進んでやってました。
ある日、ひとこと母に言われたんです。
「ミチってお弁当詰めたりするの好きだね」
この言葉には何の感情ものってなくて、
多分、素朴に言ってくれた言葉でした。
その時、私は「あ、そうなのかな?」と
「そうかも?」と思ったのも覚えてます。
そういう言葉がとても響くんですよね。
母はよく手の込んだ手料理を一生懸命作ってくれる母で、
私はよくそんな母の手伝いを横でしてました。
コロッケの日は一緒にした方が楽なのは分かってるので
当然手伝う。
こういうこともおそらく母の言葉も影響してるんだろうな~と
思います。
そして、子供だった私は、
けちょんけちょんに言われても、
母に愛されることを願ってたんだなって
振り返ると思います。
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次の記事では、
こんな風に育った「私」がどうなっていくのか続編を書きますね。
もう、波乱万丈です。
どれだけ、子供の感情を大切に扱うか、が大切なことを
今のママパパに気付いてほしいなって思います。
そんなことを「感情教育」として、
ノウハウではなくその方に寄り添って、
伴走しながらお話させていただいています。
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ここまで読んでくださってありがとうございます!
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